おかしな領収書
「領収書が、おかしなことになりまして」
そう言って、手の中の紙を見せようとしないカメラマンのK氏。
「この間の領収書より、ですか?」
「まぁ・・・」
K氏は先日も、但し書きが「本籍代」というハードボイルドな領収書を持ってきた。
実際に購入したものは「本籍」ではなく「書籍」らしいが。
・・それを上回るのか、興味が湧いた。
◉K氏のボディランゲージ
入室から冒頭のセリフまでのK氏の動きを脳内でプレイバックする。(所要時間:1秒)
相手が発する非言語の情報から事態を予測・推理することは、私の趣味であり訓練法である。
- 姿勢 :体を小さく見せようとしていない。肩の力みもない。
- 歩調 :足の上がり方が少ないが、オフとしては普通
- 呼吸 :異常なし
- 発汗 :異常なし
- 座り方:上体は私に正体。適度に足を広げ、喉、胸も寛げている
- 持ち物:バッグは自身の左足元に置いた。私との間に障害物は作らない
- 飲み物:勧めると素直に飲む。2口目以降は、私をミラーリングする
- 手元 :2つ折りにした領収書の折り目をゆっくりなぞっている
→ 危険を避けたい本能は働いていない。
「私が清算を拒んでも大して困らないようですね。
手書きの領収書にしたのは額面が大きいからではなく、単にKさんの癖。
額面は3万円以下。消耗品でしょう。
おかしなことになるとしたら宛名・額面・但し書きの3箇所ですが、、額面以外ですね。
品代sinadaiが雛代hinadai? 雛なんて字は書けませんか・・・。問題は、宛名ですね?」
「いやぁ」
→ビンゴ 宛名だ。
K氏は「いやぁ」と言う前、かすかに首を縦に振った。
◉ボディランゲージの変化
「宛名ですね?」以降は、K氏の様子をリアルタイムで観察した。
実際に見たサインは膨大で書ききれないので、ダイナミックに変化した動作だけを挙げる。
- 視線:左下→左横へ動き、しばらく停止
- 表情:一瞬、上唇を鼻の方へ寄せる
- 身振り:手の領収書から右手を離し、顎へ。その親指で唇をさする
- 姿勢:やや前のめりになり、そして長めのアイコンタクトがくる
→なんだ、話したいのではないか。
そして、私に同情して欲しい・認めて欲しいと思っている。
「いま、お店での会話を思い出していましたね? そして、店員さんのことをアイツめと思った。」
「いや、そんなことはないですが」
→嘘。
「いや」と言いながら頷いたのを見逃しませんよ。嫌悪の微表情も見ました。
「店員さんが何をしたんですか?」
「上様でいいよ、と言ったんです私は。それなのにですね、これ」
領収書
ウエ・サマディー 様
金額 19,440円
但し:品代 左記正に領収しました
→ Kさん、インドの方だったんですか? 反則です、それは読めません。
◉異文化コミュニケーション
その日、K氏が立ち寄った店のレジは混んでいた。
レジ係2名に対して、会計を待つお客が8名ほど居たという。
そんな中でも、つい癖で手書きの領収書を頼んだK氏は「悪いことをしてしまった」と
思い、落ち着かない気持でレジカウンターを指で弾いていた。
そこへ、「宛名は何とお書きしましょうか?」とレジ係の女性。
せめて早く処理できる方法をと、K氏は「上様でいいよ」と応じたそうだ。
「上様でいいよ」の「で」。
この一語には、K氏の気持ちが込められていた。省略せずに言えばこうだ。
「(手間のかかる作業を頼んで悪かった。お客が並んでいるし、君は焦っているよね。
他のお客の手前、僕も気まずい。本当は会社名を書いて欲しいけど、ここは少しでも時間を
短縮しよう。だから、領収書の宛名は、)上様でいいよ」
善意であった。
しかし、レジの女性は宛名を「上」と簡略化する慣習を知らなかった。
K氏の発信した善意の記号は、「不思議な名前」と解読されてしまった。
また、K氏がカウンターを指で弾く動作はイライラの証と見えたろう。怖かったに違いない。
それで、彼女は不思議な名前の復唱確認を怠った。
「上」なら間違いようがないと思い込んでいるK氏も、領収書の目視確認を怠った。
こうして、K氏はインド人になったのである。
日本語を母国語とする人は、行間を読み合うコミュニケーションが好きだ。
すべてをあからさまに説明するなんて無粋だし、細々確認することも失礼と思う。
私もそういう嗜好を持っているが、異文化間*1では間違いの元である。
一方で、
指でトントンとテーブルを弾くようなボディランゲージは、文化も国境も越えて
イライラのサインとして通用してしまう。
どちらも注意が必要である。
追伸:Kさん、次は普通の領収書をください。
西海岸のFUNKバンド、WAR。
その3rdアルバムから、発売後50秒でゴールドディスクを獲得した伝説の一曲を。
いつ聴いてもカッコイイ。
♪ WAR『CISCO KID』'72
https://www.youtube.com/watch?v=iu_YVswb3p4&list=RDG5zPqgQ67yo&index=5
*1:大人と子ども、男と女、出身地域の別、職業集団(業界)の違いなど。すべて異文化の関係である