美しい振る舞い<寿司屋 編>
欧州から来日する商談相手をもてなすことになったというO氏に請われ、「印象管理術」*1とでもいいましょうか・・、その個人レッスンを行いました。
当日の下見を兼ねて、舞台は都内の寿司店。
カウンターで2名、 席の予約は私が入れておきました。
ー19時20分
待ち合わせの場所にO氏がやってきました。
O氏の基本情報
年齢 : 41歳
職業 : 映像制作・配信会社代表/プロデューサー
求められる資質 : 人的ネットワーク形成力、交渉力、予算管理能力、企画力、熱意など
個性 : 「世界中の僻地へ高等教育を行き渡らせたい」という夢を抱いて奮闘中。
資金提供者・技術協力者を求め、さまざまなな国の人と面会を重ねる日々。
こういうO氏が 「近い将来こうありたいと願う自分」、そこに照準を合わせて印象を調整していきます。
具体的には、「装い」「姿勢」「所作・立ち居振る舞い」「話し方」「会話内容」などをコーチします。
◉ 外見は、その人の一番外側にある中身*2
日本のビジネスマンは見た目と役職が一致しないと言われます。
年功序列に慣れた私たちは、 服装がどうあれ 年齢から職位を想像して交渉相手を見定めますが、外国の方にこの判断は難しい。
自分の立場や専門性が一目でわかるように外見を整えることは、相手への配慮でもあるのです。
◉この日のO氏の「装い」
- 自立式のバッグ
・・・・こうなると「スーツの着こなし」へ話が流れそうですね?
でも、 その手の本やブログは膨大にありますし、 O氏の装いには問題がない。
私は別のことを書くことにします。
◉お寿司とセクシャルハラスメント
O氏は対人距離*6のとり方に問題がある。 初対面から近づき過ぎます。
これは、 ゲストに 「計算高く信用ならない人」或いは「調子のいい人」という印象を与えかねません。
また、アイコンタクトも暑苦しい。 夜の会食にプレゼンの時のような目力はいりません。
彼の視線を浴びているうちに過去の事件を思い出しました・・。
2年前のことです。
とある外資系企業のトップが日本を訪れました。
迎えた日本支社の上層部と寿司店で会食となり、そこに「白子」が供されたことが問題の発端でした。
ホスト役の男性社員3名は「白子」について丁寧に解説しましたが、ゲストは食べることを躊躇しています。 そこで、「君 、 先に食べて見せてあげなさい 」と、同席した女性社員に命じました。 そうして、女性社員が白子を口に運ぶところを全員(男性5名)で注視したのです。
後日、 女性は直属の上司一人を「セクシャルハラスメント」で訴えました。 裁判外調停(メディエーション)が行われましたが、当事者二人とも会社を辞める結末となりました。
さて、
今、私の前に「ムラサキウニ」の握りがあります。予約時に「旬だ」と言って出してくれるよう頼んでありました。
O氏は私がウニを食べないことを知っています。
箸を伸ばすと、O氏が上体ごとこちらを向きます。 視線はウニを追って私の口元までついてきます。
そして、上体を少し前に倒し、私の顔を覗き込むようにして咀嚼する口元と、目を交互に見つめます。
・・・、 まるで子どもです。
自分の興味を優先させて相手を見てはいけません。
ゲストが外国の方のときも、珍しい食材が登場する度に 「どう?」 という目で見つめるのは止しましょう。
お寿司は度胸試しの道具ではありませんし、食事中の口元に注目するのは避けるべきです。
また、O氏は身を乗り出して私の縄張りを侵してします。
「ゲストにセクハラと言われますよ?」 と 先の例を説明しましたが、罠に掛かったと膨れられました。
口元といえば、日本特有のゼスチャーがあります。
笑うときなどに「口元を手で覆う」動作がそれ。 このゼスチャーを上品と感じるのは ほぼ日本だけです。他の多くの国では「隠しごとがある」「やましいことがある」「しくじった」という時のサインと見ます。信用に関わりますから、外国の方との商談では気をつけたいポイントです。
食事中も同じ。 手で口を覆いながら話すのではなく、すべて飲み下してから話すのが美しい姿です。
◉割り箸はナイフ・フォークに劣る道具か?
箸を休め、O氏がこんなことを言いました。
「この白木のカウンターには威厳がある。 焼き物の器もユニーク(唯一)で美しい。でも、これほどの高級店でも箸は「木の割り箸」なんですよね。どうしてでしょう? 中国には象牙の箸があったし、西欧では銀製のカトラリーを使う。 どうも引け目を感じるんですけど・・」 と。
いけませんね、これは解決しましょう。
割り箸はナイフ・フォークに劣る道具か?
観点①歴史
ヨーロッパの庶民はいつ頃から個人用のナイフ・フォークを使っていると思いますか?
18世紀の中頃からですから、まだ250年ほどです。ロシア革命(1917)が起こり宮殿に入った農民が、ナイフやフォークを見て「これは何をする道具か?」と驚いた話は有名です。また、フランスのブルゴーニュあたりでもずっと木のスプーンだけを使っていました。(貴族と一部のブルジョワでは事情が違います)
19世紀になってパリにブルジョワが現れ、彼らが成り上がりの象徴として憧れたのが銀のナイフ・フォークです。西欧の庶民がずっと今のような食事スタイルだと思っているなら間違った思い込みです。
一方、箸の歴史は千年を超える。
非常に簡単にいうと、まず『古事記』(712)に登場します。長岡京(784〜)の頃には今の形になり、早くも鎌倉時代(1185〜)には個人に属する道具(マイ箸・マイ茶碗)になったと見られます。
O氏の目が輝いてきたので続けます。
割り箸はナイフ・フォークに劣る道具か?
観点②延長説
人間が用いる道具はすべて体の延長だ、という考え方があります。
人の手の延長として、フォークは最も素朴な形(手の形)をしています。 使い方も、「突き刺す」というごく単純な方法だけです。
比べて、箸は複雑です。
二本の棒を持って操作を加えないと役に立たない。この操作性はフォーク・ナイフにはないのものです。 動作も突き刺すような単純なものではない。この点からすると、箸の方が文化的と言えるでしょうか?
割り箸はナイフ・フォークに劣る道具か?
観点③精神性
箸は古くから個人に属する道具でした。 やがて、文化文政期の江戸で外食文化が花開きますが、箸の共有が嫌だったんですね、日本人は。 それで割り箸が大衆に広まりました。 素材は柳の木であることが多かった。柳は神様の依代、自分と神様の関係に他人が入り込んではいけないのです。ですから、使用後は折ることが普通でした。ケガレ思想あっての割り箸文化。粗末と思うのは見当違いです。
ヨーロッパの場合、個人に属する食事の道具はナプキンでした。ナイフは家父長権の象徴。家長が家族全員に肉を切り分ける。フォークはただの道具ですから共有して平気です。だから長く使える素材を用いるのです。
自国贔屓な書きようになりましたが、文化に優劣などなくただ違うだけです。
違いを知れば引け目を感じることなどありませんね。
と、O氏が箸を愛おしげに眺め始めたところで3,400文字を超えました。 そろそろ結びとします。
この後、写真のような所作を直しましたが、うるさく書き立てるほどのこともないですね。ロシアの文豪もこう言っています。
マナーというものは、 ソースをテーブルクロスにこぼさないことではなく、 誰か別の人がこぼしたとしても気にもとめない、 というところにある。
アントン・チェーホフ
では、また次回。
あとがき
長文をお読みくださいましてありがとうございます。
「自分の見せ方をコントロールして対人関係をうまく築けるということは、有能さを印象付ける上で最も重要なスキルだ」という話を書こうとしたのですが、あさっての方向へ話が飛びました。この後も、ゲストが興味を持っているという歌舞伎と日本画の話ばかりでしたから、このまま続けてもテーマから離れるばかり。いずれ、Bar編でボディランゲージからの読心術を書こうと思います。
少しだけご挨拶
長らくご無沙汰いたしました。
更新の滞っている間も何度も訪ねてくださった皆様、誠に申し訳ありませんでした。
また、この長い不在中、毎日スターをつけ続けてくださった皆様、本当にありがとうございます。
こんな文末にお礼を書くのもおかしなものですから、近々別の原稿でご挨拶します。今日はNijou生きております、のご報告だけ。そろそろ、皆様のところにもお邪魔いたします。
*1:クライアントの目的に合わせ、「装い」から「姿勢、表情、所作・振る舞い、話し方、マナー」をトータルで見る人を「イメージコンサルタント」といいます。私は、この内の「装い」を専門にしない。O氏とはメンタルコーチの契約を結んでいます
*2:京セラや第二電電の創業者である稲盛和夫氏の言葉。「奥深い内面があるならば、それは当然、外見にも表れていなければならない。外見は、その人の一番外側にある中身だ」
*3:クールビズは日本だけの習慣です。多くの国でシャツは肌着の認識。特にヨーロッパの方との会食ではジャケット必須です。
*4:Vゾーンのコントラストが高い方がフォーマルな印象。ゲストよりホストの方がフォーマルでありたいから良い選択です。
*5:普段はガッチリしたダイバーズウォッチを着用。この日ドレスウォッチにした理由は2つ。1.TPOに合わせた。2.カウンターに傷をつけない配慮。
*6:パーソナルスペースに同じ/日本人は人に対する警戒心が薄いせいか、初対面の人に近づき過ぎる傾向があると指摘されます